適合しようと苦しむのなら、自分らしい形を社会の中に作る

 

社会ってこういうものだっていう先入観。それをみんな知らずのうちに自分の価値観として取り込んでいて、そこに自分を適合させようと努力をします。

もちろん中には社会の枠組みと、自分の生き方がマッチして、意欲的に人生を送ることができる人もいると思います。

でもルールと自分を照らし合わせて、違和感を感じ、そんな自分はダメなのだと心のどこかに自分の未熟さを感じて生きている人が、結構多いんじゃないかな。

自分でそれを認識しているかどうかは別として。

社会に用意されている席の数

人間って不完全なものなはずなのに(不完全で完璧)、社会には適合できる場所がかなり限定されているように思うのです。狭すぎるスペースに自分を一生懸命にねじ込んで生きる以外にも、これだけの個性ある人々がたくさんいるのだから、もっと自由にできそう。

適合する社会の幅がもっと広がれば、もっと働くことが楽しくなります。というか楽しいことに取り組んでいるだけで気づいたら働いてた!というように反転すると思う。

魔王でも降りてきて決めたことなのだろうか・・・

私もわからなかったです。社会には、”ねばならない”があまりにもたくさんあって、何の意味があってこんなにも辛そうにしている人がいっぱいいるのか。

自分を押し殺して、そんなにボロボロになって、その先になにがあるんだろうって。

しかも、それ、誰が決めたことなんだろうって疑問でした。

1人がそこから飛び出して、違う価値観で生き始め、また1人、また1人って変わっていったらきっと、これまで必死に守ろうとしていたルールなんて、180度コロッとかわっちゃうんです。

それなのに、自分を殺した生き方に人生捧げるなんて・・・。しかも、疑問にさえ思わなくなってしまうんです。疑問に思わないってところがみそです。何してるんだろう?ってわかれば、案外それ以外の選択肢を作ることができたかもしれないのに、自分を見失ってるとわからなくなっちゃう。

これ無理だ

私もそういうものなんだって思ってものすごく努力して適合しようとしたけど、

「あれ?これ無理だ!」

って、限界まで進んだところで思いました。

 

用意された形に自分を当てはめるのって、無理があると思うんです。

努力して良い風に見せようが、建前を駆使して笑顔を向け、社会の一部になろうとしたところで、何を隠そう私はもう私のまんまなんです。

私だけじゃなく、みんな、みんなのまんまです。どんなに押し殺したって、クマがアヒルになったりしないし、カエルがヒヨコにはなれない。(お面をつけるとか、着ぐるみ着るとかそのくらいのごまかしならできるかもしれないけど、バレてるよ!みたいな。)

辛くて楽しいのならいいけど(辛いのが好きな人もいるからね)、辛くてただひたすらに辛いだけなら、諦めてもいいのかもしれないです。

自分の枠作り

だから私は思うのです。社会に自分の枠が無いのだったら、自分が枠を作ればいい。本当はすごく自由なんですよきっと。自由なところに生きているのに、「キミタチハ自由二ナンテナレナイヨ!」って世の中で唱えられている暗示にかかってるだけかもしれません。

それで私は今このようなことをして遊んでいるわけです。

自分でクリエイトした枠で生きることができれば、今度はそれが社会の枠になってもっとカラフルで楽しい世の中になるのでは!

立ちはだかる壁

とはいえなかなか難しい壁も立ちはだかる。

簡単なことのようで勇気がいります。でもね、そこで一番のハードルになるのは大抵自分自身なんです。自分が自分のことを責めたり、コントロールしようとしたりすることが一番こわい。他人がコントロールしてこようとしても遠隔操作まではできないけど、自分がコントロールしようとしたら実際にコントロールできちゃうからね。

でも一番の強敵が自分なら、可愛いものです。

ものすごく怖い怪物と戦っていたのかと思ったら、よく見たら「なんだ私?!」って。

自分に追いかけられながら、ぎゃーーーって逃げるようなものです。

一番高い壁の乗り越え方

そんな1番のハードルであり、可愛い自分という敵との戦い方は

地道に信頼を深めていく作業かな、と私は思ってます。

自分への信頼です。

 

これは派手な必殺技ではなく、一歩、また一歩と少しずつ自分というラスボスに歩み寄っていく技。最終目的は手をつないで友達になること。必殺技を使いたくなるけど、派手な技使うと逃げられちゃうのです。

どんな場所にしたいのか

自分の個性を社会に反映させて形を築くには、まずは自分を縛っていた縄から解かなくてはね。自分の個性も知らないし、自分には何もないし、自分のことは大っ嫌いだけど、居場所を作って欲しいという願いは、叶えようがないのです。

居場所の形がわからないから。何を望んでいるのかさえわからないから。

僕は何もいらない!!って言い張ってたら、プレゼント無しになっちゃうとか、欲しくも無い漢字ドリルプレゼントされても仕方がありません。

本当はリカちゃん人形が欲しかったのに。

リカちゃん人形が欲しかったら、素直に欲しいって自分のことちゃんとわかってあげる。そしてその思いを大事に大事に扱ってあげるほうがいいです。すぐには手に入らなかったとしても、目をキラキラさせながら、おもちゃ屋さんに行って実際に手に取ったり、僕リカちゃん人形好きなんだ!!って表現してたら、そんな姿を見て微笑ましく思ったおばあちゃんが買ってくれるかもしれない。

ウマレアトリエのカタチ

私も地道に積み重ねます!私自身もこれを何か形のある物に繋げていけたらいいなと思ってます。1年後、2年後、10年後??どうなっているだろう。全然わかんないや!

でも、楽しいです。

先のこと考えると未知すぎて想像するくらいしかできないから、今日できることを夢中でやります。

早朝からこんなことを書いて、自分でやってることを見て面白くなっちゃう。今日、朝の3時から書いてるのです。

眠くなってきてしまったので、少し休憩します。ではでは。