「鈍感力」を無理して強化する繊細さん。

ひと頃、鈍感力をつけよう!というのが流行しました。これは元から鈍い気質の方は素通りしてしまうテーマであると思いますが、きっと繊細さんにとっては気になるところ。鈍感力こそ幸せに生きる秘訣のように感じ、頑張って強化しようと試みた方も多いかと思います。

そして努力の末、繊細さんは見事、

繊細なまま。

鈍感になれない自分を責めるのでした。

おまけの付録は隠しメッセージ

鈍感力を強めるメゾットそのものが、潜在的にダメージになりかねない。

なぜなら、鈍感力をつけましょうというメッセージは、“今のままではいけないので変わりましょう”、という内容にもなりうるからです。

自信を手に入れようとして変わろう、変わろうとするほど、自己不信が高まるパラドックス。

二重苦。

そうか鈍感力か。よしわかった、明日から僕は鈍感くんになります。はい、なりました!

難なく鈍感になれて生きやすくなったのなら良いのです。メゾット大活躍。

繊細な性質=悪、というわけではなく、繊細だと生きていけないから変わらなければならない、という暗黙のメッセージに擦り切れていくのです。社会の仕組みは繊細さん用に構成されていないです。そのままでも生きていけるのなら、それはただの個性なのだから、何も必死に鈍感さを求めなくてもいい。

でも困ったことに、実は案外みんなが繊細だから、ブラックな会社で過労死寸前のヘロヘロになっゃう人とか、そこまでして働いたのに、働かせた覚えはないと、嫌味な上司に心ない言葉をあびせられつつ、あっさりさようならされる。こんな世の中悲しい思いしている人がたくさんいるわけなのです。

相撲取りとして個性を生かしたいならマラソン選手になりなさい

心理学とか、精神科医の見解では繊細であるというのは過去に傷ついた経験があり、アダルトチルドレンがうんたらかんたらっていうテンプレートで語られてしまうけど、気質を変えるのは無理なので、負のループが始まってしまうのです。

治したら自己肯定感を持って個性を大切に生きることができますのよ!と白衣のお姉さんは言うのでした。矛盾している。

しかも過去傷ついたことない人っていません。歪んでない人なんていません。みんな歪。白衣のお姉さんも。

どっちでもいい

鈍感さんはきっとそんなにいいものでも無いです。先程の嫌味上司はもしかしたら、度重なる無神経発言で熟年離婚寸前かも。

じゃあ繊細さんがいいのかというと、これを読んでいる繊細さんもご存知の通りデメリットの方が圧倒的に目立ち、とにかく生き辛い。

どちらの場合でも、特性がプラスに働くこともあれば、マイナスになることもあり。

近年サイコパスというタイプについて取り上げられている記事も良く目にしますが、心情を無視した大きな決断を、すんなりやってのけてしまうこのタイプは、ある意味会社には必要な存在なのだとか。

心の排除なんてしなくても成り立つ社会にはならぬものでしょか。。と思ってしまう私ですが、そんなものは甘っちょろい庶民の考え、と一喝されますね、きっと。

また、繊細な人にもひどく鈍感な部分があったり、その逆に、鈍感な人でも繊細な一面を持っている場合だってあります。人の中身なんて曖昧です。

鈍感か、繊細かという問題よりも、両者、自分の持ち味を何かに役立てたり、ちょっとでも優しい人間になれるように努力をしたり、そういうことの方が大切ではないかと思います。

繊細というアイデンティティ

繊細とは、日本の誇るべきひとつの特性とも言えるのではないでしょうか。風情、侘び寂び、和の心、これは習得しようとして得られるものではありません。複雑で、絶妙な心情を受け取ることが自然に出来てしまう。こうした日本独特の豊かさは、言語や環境、様々な要因が絡み合い、長い年月を経て築かれたものでしょう。また、日本人は勤勉と言われますが、こちらも遺伝子的に不安を察知しやすい遺伝子によるもの、という説があります。(敏感に察知できれば、備えることができる。)鈍感力とは反対の能力です。

鈍感力を身につけるためのメゾットがこんなに流行するのって、日本だからなのでしょうか。でもなぁ。氣力、精神力、そんな日本独特の、しなやかで凛とした強さを養いましょう、ということなら良いですが、鈍感力です。確かに商業的には“鈍感力”は、インパクトはありますが。

と、いうことで、私は繊細なら繊細さを大切にしたらいい、という考え。

アーティスト

お絵描きする人にとって繊細は、もってこいの特性です。多分。

表現者は繊細さんばかりではないでしょうか。だからこそ心に訴えかけられる作品を作れたりするわけですし。実際病んでいる芸術家が多い。

私個人としても、この気質は「二人三脚、共に歩もう」といったところ。他の何者かになろうと、自分を否定しても仕方ないのです。嫌だろうが何だろうが、活かす以外に方法が無いので、与えられたものに感謝して使います。

そうは言っても苦しい繊細さん

でも先ほども述べたように、社会は心をかき消してガンガン進む人に有利な仕組みでできているので繊細だと不便ですよね。

じゃあ苦しいとダメなのかというと、そうでもないのです。

苦悩していく中で、得るものはたくさんある。悩み、考える、理解しようとする、考察を深める、自己を振り返る、成長しようとする、、などなど、そうして生き抜いたおじいさん、おばあさんがいたとしたら、実に深みのある個性的な人間になるのだと私は思います。悩めるのは最大のメリットかもしれない。

繊細、いい素材です。