親子関係に悩む人がたどり着く境地。親からもらう2つのもの。

誰もが親から愛と毒、両方もらうのです。世界の縮図のようなもの。

戦っていたのはもっと巨大なものかもしれない

親との関係に悩む人が、戦ってきたのは親子間の狭い場所で起きているような、小さな問題ではないのかもしれません。個人では到底敵わないような、もっと巨大な闇。というのも、世界中が毒のようなものだからです。毒親は連鎖すると言われています。親が毒なら、その親も、またその親も毒なのです。つまり、ご先祖さまみんな毒。なんと果てしない。ということは、隣のあの人も、あなたも私も、みんな毒。そう思うと、戦うことが馬鹿らしくなってきます。解決に苦しむのは当たり前。だって相手は世界ですから。

毒は美しい花も咲かせる

親からもらった毒の種は心の日陰でいつも、闇の芽吹きを待っています。悲しい、苦しい、ずるい、憎い、もう嫌だ、そんな思いに心が支配されるその時をジッっと目を光らせて待っています。

また、同じように、愛も心の中でジッっと待っている。毒が囁き誘惑する度に、必死で愛に引き返す姿を、いつも信じて待っている。私たちは、どちらの種を育てても良い。それは自由なのです。

許せない出来事があっていい。許さなくて良い。苦しかったのだから。当たり前です。ただ、痛みを残したままであっても、それでも愛に向かう事はできる。

愛せなくて良いんです。純粋な愛だけで他人を包み込める人間なんて、どこにもいません。誰にもできません。不恰好な姿で、学んでいけばいいだけです。

親は理想ではないです。師であり、憎まれ役であり、切っても切れない人生最大の壁。毒にやられ、歩けなくなることもあります。でも、悩みもがいたその先で、深い愛を知るのかもしれない。

私たちは、どちらの種も持っています。どちらを育てるかは自由です。

苦しみを養分に変え、人生をかけて愛の花を育てたとしても、それは誰かに褒められるものでも、物質的価値と交換できるようなものでもありません。

誰もがもらう2つのもの。何よりも尊く、それこそが本当の愛であるのかもしれません。