思春期特有の理由のない孤独感

寂しくて死んじゃう。

これは本当に苦痛です。さみしさ。たかが寂しいという気持ち。甘えではないです。孤独感に心が支配されれば、人は本当にどうなるのかわからないですから。

ちょっと先の未来にゴール

空虚さを埋める対象が見つかると変わります。ちょっとした目標を立て、それに向かって生きてみるのです。寂しいという気持ちに目がいかないように、別の何かに時間を使います、

対象選びがとても重要。つい寂しさを埋めるために、心や体へ更なる負荷がかかるものを選んでしまいがちです。行きすぎたダイエットをして拒食症になるとか、恋愛依存とか、浪費とか。人間は時々謎な行動をします。

最優先事項、心の救済。

心身を追い込むことで、心の痛みを麻痺させるという合理的なのかよくわからない手段に出てしまう。依存症と言われます。命を守ることよりも、心の痛みを解消しようとする。これは本能的なものかもしれません。(赤ちゃんでさえ、ストレスを解消すべく自分を叩いたりしますので。)ですが、更なる痛みが加わるものを対象にしては駄目です。駄目というか、それでは救われないです。本末転倒。更に苦しくなるだけなので。

世界ABC

ABCという世界の中で生きていて、どうしようもない孤独感を抱えたとしましょう。Aの要素が壊れてしまったのかもしれない、と思い修復を試みるも変化はありません。Bの要素がいけないのか?それともC?原因を探しては手当たり次第に解決しようとするものの、苦しいまま。その間ずっとABCの間をぐるぐるぐる、行ったり来たりを繰り返し、もがき苦しみ続けます。

解決の糸口、それは世界ABDへ移行することなのです。

問題の答えを問題の中から探そうとしてしまうのですが、ベクトルを違う方向に変えてみることで解決に向かうことがあります。苦痛を解消するために、できるだけ悩みの種とは異なる場所に身を置きます。目標を立てる場合も、別ジャンルにすると良いのでは。ただ生きがいを見つけた途端、今度は限界を超えて無理をしてしまうケースもありますので、ほどほどに。

処方箋

目標を…と、一応具体的な対処法を答えてみましたが、変わる時には変わるし、変わらない時は変わらない。それらしい事は言えても、結局誰かの心を救う完璧な方法など、未熟であるわたしたちには探せないのかもしれないです。

でも極論は、何でもいいのでとにかく今をやり過ごす。ということで十分だと思います。命さえ捨てなければ、体感はまったくないかもしれませんが、呼吸をする度、空虚感に対抗するだけの力が育っているはずなのです。多少の後悔と傷は残るかもしれませんが、命には変えられません。

そのうち、寂しさは気が付いたら消えています。